2022年6月30日木曜日

トマト農家の父は、庭やビニールハウス脇の空いた土で花づくりをしている。
いろんな草木を植えては育て、とくにヒマワリとバラにに凝っている。
今、父の家にあるバラは15種類以上。せんだい農業園芸センターに行っては、
新しいバラを迎えてくる。名前は覚えない。

バラはこまめな剪定で、花屋にいるようなバラになるとのこと。
父の家のバラは剪定されていないので、真ん中に大きな花と、
それを囲むように小さな花がついた花火のようなバラだ。

香りがあるもの、ビロード地のような花片のもの、
みんなに出荷すればいいのにと言われるが、頑なに自分用であると言う。
父のバラを数種、一本ずつもらって台所に飾る。

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私が生まれた家にも木がたくさんあって、
ヒマワリにマリーゴールドにパンジーになんだか、いろんな花があった。

2022年5月31日火曜日

旧河南町・北村の家。
最近は行くと、祖母は寝室でテレビをつけたまま、
ベッドの上で寝ている。

何してたの?寝てたの?と聞くと、
「台所でご飯作ってる」と言う。

またある時、寝てたの?具合が悪いの?と聞くと、
「わちゃわちゃ客が来てぇ、
津波で流された服を涌谷の洗濯機で洗って、
ここに干しに来てんだ」と言う。
「うるせぇんだ」と。

またある時、叔父はどうしているのだと聞くと、
「昼間、寝てで、夜中に出かけていく。
涌谷にある、洗濯機で、洗濯してんだ。
津波で、寄せられた布団とか、集めでる。
洗濯して、朝早ぐ、2時くらいに持ってきて、
裏のハウスで干してんだ。
手伝えって言われて、手伝っている」
毎日、していると言う。

手入れをされず鬱蒼とした庭の奥にビニールハウスがある。
私の背の高さまで伸びたセイタカアワダチソウでいっぱいになっている。
 

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2011年4月頃、父はコインランドリーで拾い上げた服などを
洗ってビニール袋に入れてしまっていた。

涌谷には24時間のコインランドリーが2件あり、
どちらもスーパーマーケットの一角にある。
祖母は外回りをする薬屋さんにスーパーマーケットまで乗せてもらって
買い物に行く。


2022年4月30日土曜日

 年明けから三月に向けて騒がしくなり、四月になると、潮が引いたように静かになります。

日々は重なって層になって続いている。
年輪のように、出来事や気持ちが記され、その上に新しい膜ができても、あとが見える。
なくなったものへのつき合い方は人それぞれだ。
寄り添いの場は必要だと思うけれど、わざわざ形を作ろうとしたり、
催しを企てようとして周辺の声が大きくなる。
そして四月には、何事もなかったかのような態度になるのだ。
毎年、三月は人とざわめきを避けながら過ごすようにしていたけれど、
今年は日常と変わらない運転ができて、普段通りで良かった。

私は今も、「そこ」にいなくて申し訳ない気持ちでいます。
いなかったから、ここにいることについて、ずっと、申し訳なさがあります。

2022年3月13日日曜日

道路になるぞ、という話から十年ちょっと。
私の家の上に道路ができました。
今月の3月24日に開通されます。
2011年の夏、川開き祭り前にボランティアさんに泥をあげてもらい、
更地になって、テトラポット工場になって、
また更地になって、いつの間にか嵩上げ工事が始まり、
新しい電柱が立っていった。
できる限り定点観測していましたが、ヒントにしていた奧の鉄塔も、
自信がなくなるくらい判断ができない、
全然わからない場所になってしまいました。
まだ、思い出そうとすれば、ここに何が建っていたか、
話をすることはできます。
この出来上がった道路で、
すっぽりとこれまでの時間までがなくなってしまったように思います。
これから、この道路には新しい時間が積み重なる。
道路と決まってからは、もう私の家とも言えないけれど、
本当に何もかもなくなってしまいました。


2022年2月14日月曜日

旧河南町・北村の家を訪れるときは、
東北本線で小牛田まで行き、石巻線に乗り換えて前谷地駅。
帰りは、石巻線で石巻駅、仙石線に乗り換えて仙台に戻ります。
このルートは山側と海側の車窓が見られます。
山なみ、家々、田んぼ、家々、波ぎわ。
なかなか降りる機会がない石巻駅から街中に出て、
かつてはアーケードだった商店街の裏道から南浜まで
歩いてみることにしました。
通っていた石巻市図書館や歯医者へ続く坂道を見ると、
夏の暑い中、友人と自転車で上ったことや、
母に連れられてきたことなど、
なつかしく思い出します。
10年前に教えてもらった珈琲豆屋さんは、お休みでした。
南浜にできた大きな、大きな公園には、広がる芝生に
不時着したかのようなガラス色の建物、
黒い網で区画整理された中には植えたばかりの樹木の子どもがいました。
海風を遮るものはなく、
ただ真っ新な景色がありました。
山と街と海では、こんなに時間が、経過が違うのかと、
身体中に風が刺さって、一枚だった紙が、
バラバラとちぎれていくようでした。



2022年1月31日月曜日

しばらく、空白を作っていました。


忘れていて(忘れようかな、としていて)、
その部分を思い出す機会がありました。

時間がどんどん進んで、重なっていく中で、
わたしは、まだ、あの時のその場にいて、
今にいながら透明になるような気持ちでいました。

思い出してから、思い直して、
これまで読んでいた本の付箋部分を辿りました。

「ことば」そのものは常に変わらないものだけれど、
となりにくる時はいつも違う形であらわれます。


空白の間、書いては消したりしていましたが、
気を軽くして、手紙のように書いてみようと思います。