この日記は、二ヶ月後の、
泥が干上がって、庭にいたジョンがみつかって、
それを一人で妹のガーデニングのシェベルで、
波で流された肥料やヘドロ、土と言えない土を
かき集めて埋めた日の次の日の今日。
私は家に帰ればジョンを撮る。
おやすみ、ジョン。
おやすみ、ゴンスケ。
おやすみ、ボス。
いろんな人にいろんな名前で呼ばれていた。
おやすみ。連れて行けなくてごめんね。
と言いながら最後に撮った。
自分の感情がいなくなっていくような感じだ。
水が引いて、家だったであろう瓦礫を見つけた日、
父が「カメラを持ってきたか?」と聞いた。
私は「え?」と聞き返した。
父は「写真を撮れ」と言った。
「俺が助かったところと家とこの風景を撮っておけ」と。
「あそこと、あそこと撮っておけ」と・・・。
私は何も言わずにiPhoneで撮った。
けれども、カメラがあったから正気でいられたと思う。
少しでも家の断片をみつけたかった。
私の中にすっぽり空洞ができた。
いつもは遠くのところに置いておいて、
時々引っ張り出している。
空洞は亡くなった人たちの形をしている。
2011年5月11日
2022年編